日本山海名産図会 巻之二 (蜜蜂より)
書圖:法橋關月 寛政十一年(1799)
◎蜂蜜 一名 百花精 百花蕊
○凡そ蜜を醸する所、諸国皆有中にも紀州熊野を第一とす。
藝州是に亜ぐ、其外勢州、尾州、土州、石州、筑前、伊豫、丹波、丹後、出雲などに昔より出せり。
又舶来の蜜あり下品なり、是ハ砂糖又白砂糖にて製し、是を試るに和産の物ハ煎じれば蜂おのずから聚り、舶来の物ハ聚ることなく此れをもって知る。

日本随筆大成刊行会発行 日本図会全集より
○蜜ハ夏月蜂の脾の中に貯つて己が冬籠りの食物とせんがためなり。
一種人家に自然に脾を結び其中に貯ふ物を山蜜といふ。又大樹の洞中に脾を結び貯ハふを木蜜といふ。
以上熊野にてハ山蜜といひて上品とす。又巌石間中に貯ハふ物を石蜜と云。
又家に養て採る蜜ハ毎年脾を采り去る故に気味薄く、是を家蜜といふ。
脾を炎天に乾かし下に器を承けて解け流るゝ物をたれ蜜といひて上品なり。漢名生蜜。
一法、槽に入れて火を以て焚きて取るなり、但し火気の文武毫厘の間を候こと大事なり。
又脾を取り潰し蜂の子ともに研水を入れ煎じて絞り採るを絞りといふ。[漢名熟蜜]
凡そ蜜に定る色なし、皆方角の花の性によりて数色に変ず。
◎蓄家蜂(いえにやしなふハち)
家に蓄わんと欲すれバ、先桶にても箱にても作り。
其中に酒、砂糖水などを沃ぎ蓋に孔を多くあけて大樹の洞中に結びし巣の傍に置けバ、蜂おのずから其中へ移るを持帰りて蓋を更ためて簷端或ハ窓下に懸置なり。
此箱桶の大きさに規矩なり、されども諸州等しからず。
先九州邊一家の法を聞くに、箱なれば九寸四方、竪弐尺九寸にして是を竪に掛るなり。
或、斜横と蓄家の考なり。
其箱の材ハ香のある物を忌ミて、かならず松の古木を用ひ、是又鋸のミにて鉋に削ることを忌む。
板の厚さ四歩斗両方の耳を随分かたく造り、つよく縄をかけざれば後にハ甚重くなりて、おのずから落損ずることあり。
戸は上下二枚にして下の戸の上に一歩八厘、横四寸斗の隙穴を開きて蜂の出入の口とす。
若一、二厘も廣く開れバ、山蜂抔隙より窺て大きな蜜蜂を擾乱。
又大王の出にも此穴よりも凡小き物也。箱の数ハ家毎に三、四を限て其余ハ隣家の軒を所々借て蓄。
◎造脾(すをつくる)
尋常の房の鐘の如き物にあらず。
穴も下に向ふことなく、只箱一はるに造り、穴ハ横に向かふて人家の端の家の如し。
先箱の内の上より半月の如き物を造りはじめ、継いで下一はひ両脇共に盈しむ。
其厚さ凡そ壱寸八歩、或二寸斗。両面より六角の孔数多を開き、柘榴の膜に似て孔深さ八、九歩是のごとき物を幾重も製りて其脾と脾との間纔人の指の通る程宛の隙なり。
蜂其隙に入にハ下より潜なり。全躰脾を下迄ハ盈さずあれバなり。
脾の形、或ハ正面、或ハ横斜などにて大低同じ、其孔にハ子を生み、又蜜を貯へ、又子の食物の花を貯ハふ。又子成育して飛て出入するに及べは、其跡の孔へも亦蜜を貯ハふ。
凡そ蜜はじめハ甚だ淡しき露なり。吐積んで日を経れバ甘芳日毎に進こと實に人の酒を醸するに等し、既に露孔に盈る時は、其表を閉じて一滴一気を洩らすことなし。蜂の数多ければ気味も厚し。
○蜂ハ小なり大きさ五歩許、マルハチに似て黄に黒色を帯多群て花をとる物ハ巣を造ず。巣を造ものハ花を採らず。時々入替りて其役をあらたむ。
夫が中に蜂王といひて大きなる蜂一ツあり。其王の居所は黒蜂の巣の下に一臺をかまふ、是を臺といふ。
その王の子ハ世々継て王となりて、元より花を採ることなし。毎日群蜂輪値に花を採りて王に供す。
是一桶に一个のミなるに、子を産むこと雌雄なる物に同じ、道理においては奇異なり。
群蜂是に従侍すること實に玉體に向がごとし。又黒蜂十斗ありて是を細工人と呼ぶ、孔口を守りて衆蜂の出入を検若花を持たずして孔に入らんとするものあれば、其懈怠を責めて敢えて入ることを許さず。
若再三に怠る者ハ遂に螫殺して軍令をおこなふに異ならず。凡そ家にあるも、野にあるも儀においてハ同じ。
◎頒脾(すわかれ)
大王の子成育に至れバ飛んで孔を出るに、群蜂半従がふて恰も天子の行幸のごとく擁衛甚厳重なり。
其飛行こと大低五間より十間の程にして木の枝に取附バ其背、其腹に重り留りて枝より垂れたるごとく一団に凝集り大王其中に種のごとく裹まる。
蓄人是を逐て袋を群蜂の下に承けて、羽箒を以て枝の下を掃がごとくに切落せバ一団のままにて其袋中へおつる。其音至て重きがごとく。
今世、此の袋を籠にて作りて衆蜂の気を洩らさしむ、わるくてハ蜂死すること多し。
是を用意の箱に移し蓄なふを脾わかれといふて人の分家するに等し。
若其一団の袋へ落るに早く飛放る者ありて大王の従行に洩れて其至る所を知らば、又原の巣へ飛帰る時ハ衆蜂敢えて孔に入ることを不許争ひ起て是を螫殺し其不忠を正すに似たり。
見る人慙愧して歎涙を流せり。又八ツさハぎとて昼八ツ時にハ衆蜂不残桶の外に現はれて稍羽根を鳴らすことあり。三月比蜂の分散する時、彼王一群ごとの中に必ず一ツあり。
巣中に王三ツある時は群飛も三にわかる。
其の時蓄なふ人、水沃ぎて其翅を湿せば蜂外へ分散せず皆元の器中へ還る故に年々蓄なふといへり。
◎割脾取蜜(すをきりてみつをとる)
是を採るにハ蕎麦の花の凋む時を十分甘芳の成熟とす。採らんと欲する時ハ先蓋をホトホト叩けバ蜂皆脾の後に移。其時巣の三分の二を切採三分が一を残せバ再其巣を補原のごとし。
かく採こと幾度といふことなし。冬に至れバ脾ともに煎じて熟蜜とす。
○一種土蜂と云て大きさ五分斗、土を深く穿其中に脾を結ぶ。
是にも蜜あり、南部是をデツチスガリといふ。但しスガリは蜂の古訓なり。古今集離別に 『すがるなく秋の萩原あさたちてたび行く人をいつとかまたん』。
又深山崖石上に自然のもの数歳を経て已熟する物あれバ土人長き竿をもつて刺て蜜を流し採る。
或ハ年を経ざるものも板縁取れり。凡そ箱に蓄なふもの絞り蜜ともに二十斤[百六十目
一斤]蜜蝋二斤を得るなり此二斤のあたひを以て桶箱修造の費用に抵足れりとす。
◎蜜蝋(ミつらう)
是黄蝋といふ物にて即蜂の脾なり其脾を絞りたる滓なり。
蜜より蝋を取るにハ生蜜を采たる後の蜂の巣を鍋に入れ、水にて煎じ沸たる時、別の器に冷水を盛りて其上に籃を置きかの煎じたるを移せバ滓は籃に留まりて蝋ハ下の器の水面に浮かふ。
夫を又陶器に入れて重湯とすれば自然に結びて蝋とるるなり。又熟蜜をとる時、鍋にて沸せバ蜜ハ上に浮かび蝋ハ中に在り、脚は底にあり、是を采りひやしても自然に黄蝋に結ぶ。